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あなたは「忘れられる権利」と「知る権利」どちらが大切?

photo by Bob Miller

ITサービス セキュリティ

人の噂も七十五日。世間があれこれ噂をしても、七十五日もたてば自然と忘れられるという意味のことわざですが、これからは死語になるかもしれません。なぜなら、インターネットはけっして忘れないから。誰だって、やんちゃな時期や若気の至りでやらかした、忘れてしまいたいことの1つや2つはあると思いますが、もう無理かもしれません。なぜなら、インターネットは絶対に忘れないから。こんな時代だからこそ注目されている「忘れられる権利」。あなたはどう考えますか?


忘れてくれないインターネット、確実に見つけ出す検索エンジン

2014年5月、欧州司法裁判所が、Googleに対して、あるスペイン人男性の個人情報へのリンクを検索結果から削除するように命じました。欧州司法裁判所はEUの最高裁判所にあたるため、判決は確定し、Googleは命令にしたがって男性の検索結果を削除しました。
もともと、この男性は社会保障費を未払いし、その記事が地元の新聞サイトに載ったのだそうです。未払い問題は解決したのに記事は残り、男性の名前をGoogleで検索すると、何年も前に解決した問題の記事へのリンクが表示されていたというわけです。
私がその男性なら、気分が悪いのはもちろん、仕事にも差し支えるのではないかと不安になります。転職のため面接に行ったら、面接官が事前に検索しているかもしれません。新しい取引先と商談をはじめたら、「あなたは以前......」と過去の話を蒸し返されて、頓挫するかもしれません。そう考えると、精神的にかなり追い詰められる気がします。 テクノロジーの進化によって、いったんインターネットに出た情報は、半永久的に残る時代になりました。仮にそれが誤った情報や自分にとって不快な情報でも、です。そして、Googleをはじめとする検索エンジンは、こうした情報を確実に見つけ出します。

リベンジポルノ、犯罪被害、病歴、誤った情報、SNSに残った黒歴史......

過去の交際相手とのプライベートなヌード画像をインターネット上に公開し、相手への嫌がらせをするリベンジポルノ。画像を流されるのはほとんど女性ですが、深い傷を負うのは容易に想像できます。
犯罪の被害者なのに、自分の名前を検索すると、事件・事故が検索結果に表示されて傷つくケース。明らかなデマなのにネットに噂が広まり、検索結果に出てくるケース。こうした、本人にはまったく責任のない理不尽な情報も、検索エンジンは確実に見つけ出します。
SNSの投稿も危険です。酔った勢いで投稿した恥ずかしい画像や人の悪口を書いた記事。ちょっと前に「バカッター」と呼ばれて話題になった飲食店やコンビニ店員のTwitter画像。これらも、いったん拡散したら削除することはほぼ不可能です。本人にも責任があるとはいえ、その情報が半永久的に残り、その後の人生にずっと悪影響を与えつづけるとしたら、ちょっと違うのではないかと思います。人間ですから、誰にだって過ちはあります。
もしも、自分がこうした立場に立たされたら、情報をすべて削除したいはずです。しかし、現実には、いったんインターネットに流出した情報を完全に消すことは困難です。だったら、せめて検索エンジンに情報を見つけないようにしてほしいと願うでしょう。それを個人の権利として認めたとき、「忘れられる権利」という概念が生まれます。

photo by GotCredit

「知る権利」や「表現の自由」と対立する「忘れられる権利」

しかし、個人に「忘れられる権利」を認めると新しい問題が発生します。ご想像のとおり、「知る権利」や「表現の自由」との対立です。
たとえば、前述のスペイン人男性が有力な政治家だったとしたらどうでしょうか。忘れられる権利を主張して、過去の不正や事件・事故など、自分にとって都合の悪い検索結果を削除するかもしれません。これは、国民の「知る権利」を侵害することにならないでしょうか。
あるいは、性犯罪が原因で会社を解雇された人が、解雇に関する記事の検索結果を削除するように求めたらどうでしょうか。本人にとっては不都合な情報でも、社会にとっては必要な情報ではないでしょうか。
このように、「忘れられる権利」を認め、申請があれば機械的に検索結果を削除すれば問題解決、とならないのが、この問題の難しいところです。

ヤフーが出した「忘れられる権利」の対応基準

日本における「忘れられる権利」の議論に一石を投じたのが、ヤフーが2015年3月30日に出した以下の基準です。

PDF「検索結果の非表示措置の申告を受けた場合のヤフー株式会社の対応方針について」

ここには、検索結果の削除要請があった場合のヤフーの対応方針が書かれています。具体的には、次のような点が考慮されたうえで、個々のケースごとに判断するとしています。

1.被害申告者の属性
 (1)公共性の高い属性
  ・公職者(議員や一定役職以上の公務員)
  ・企業や団体の代表・役員、芸能人、著名人
 (2)プライバシー保護の要請が高い属性
  ・未成年者

2.記載された情報の性質
 (1)プライバシー保護の要請が高い情報
  ・性的画像
  ・身体的事項(病歴等)
  ・過去の被害に関する情報(犯罪被害、いじめ被害)
 (2)公共性の高い情報
  ・過去の違法行為(前科・逮捕歴)
  ・処分等の履歴(懲戒処分等)
 (3)文脈等に依存する情報
  ・出生やそれに伴う属性

この基準に照らせば、似た情報でも、政治家や企業の役員だと削除されにくく、未成年だと削除されやすいといえます。また、性的画像や犯罪被害の情報は削除されやすく、前科や逮捕歴の情報は削除されにくいと想像できます。ただし、これはあくまでヤフーの基準であり、Googleを含めた検索サイト全体の統一基準ではありません。

せめて「忘れられる権利」のことは覚えておきたい

ヨーロッパで認められ、ヤフーが基準を発表したことで話題になっている「忘れられる権利」ですが、少し時間がたったら、「忘れられる権利? 何それ?」となる可能性だってあります。
これは自分も含めてですが、けっきょく、何らかの大きな事件が起きたり、自分自身が被害を受けたりしないと、なかなか真剣に考えられないのだと思います。
本当は、「今後、日本でも"忘れられる権利"についての議論を深める必要があります」なんて書いて締めたいのですが、そのような一般論を書くのは、とても無責任な気がしますし、そんな偉いことが言える立場でもありません。
ただし、ネットに自分についての誤った情報やプライバシー情報が拡散し、それが自分や自分の家族・友人を傷つける可能性があることは確かですから、「いったんネットに出た情報は消えない」ということだけは、肝に銘じておきたいと思います。
そして、「忘れられる権利」について覚えておけば、何か事件が起きたとき、1つの見方ができると思いますし、万が一、自分に火の粉が降りかかったときも、身を守る武器になるのではないかと思います。

この記事のライター
井上 健語(いのうえ けんご)

1964年愛媛県生まれ。1993年に独立後、フリーランスのテクニカルライターとして、Webや雑誌のIT系記事、書籍執筆、企業取材、広告記事など、ITに関連した"書く仕事"を続けている。

「Word」分野のMicrosoft MVPで、オールアバウトの「Wordの使い方」「パソコンソフト」のガイドも担当。

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