伝統文化としての側面も強い日本の神社仏閣。初詣やお宮参りの際に多くの人でにぎわうことからも、日本人には馴染み深い存在といえます。そんな古き良きイメージの神社仏閣ですが、ここ数年で積極的にICTを活用する事例が増えています。なぜ今、"伝統とICT"なのか、その背景やユニークな成功事例を中心に解説します。
日本のいたるところにある神社仏閣。初詣などではたくさんの人でにぎわいますが、その一方で気になるデータもあります。
内閣府が平成25年度に調査した結果によると、日本人の若者(満13歳から満29歳までの男女)は、外国と比較して宗教観が希薄であることがわかっています。「宗教が日々の暮らしのなかで心の支えや態度・行動のよりどころになると思うか」と聞いたところ、『そう思う』と回答したのはわずか18.4%(『そう思う』3.5%+『どちらかといえばそう思う』14.9%)で、これは調査対象7カ国の中で最下位の数値でした。
<図1>内閣府資料「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」より
<参考資料>
平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査
この結果から推測できるように、現代の若者には日常的に神社仏閣に参拝するという習慣が根付いていません。初詣などの大きなイベントを除くと、ふだん神社やお寺に訪れるのは、圧倒的に中高年以上の人たちが多いことに思い当たるはずです。
ただでさえ少子化の昨今、このまま若者たちの足が遠のいてしまうと、その子どもの世代、孫の世代と将来的な参拝者数の減少が懸念されます。参拝者のお賽銭や、お札やお守りなどの販売は、神社仏閣にとって大きな収入源。それだけに将来的な懸念は、早めに手をうっておかないと死活問題になりかねません。
そんな中、多くの若者でにぎわう神社仏閣もあります。とりわけ脚光を浴びているのが、東京都千代田区にある神田明神(正式名称:神田神社)です。江戸の三大祭である神田祭で知られ、古くから江戸の総鎮守として篤い信仰を集めているこの神社に、なぜ若者の姿が増えているのでしょうか?
神田明神に若者の参拝者が目立ち始めたのは昨年の秋ごろから。実はそこには、伝統とは対極にあるICTの戦略的な利用がありました。その成果として、大勢の若者たちを引きつけることに成功したのです。具体的な活用事例を見てみると、まさに"全方位型"と表現できるほど幅広いことが分かります。
2014年8月から、Twitter、Facebook、LINEの公式アカウントを順次開設。神社のイベントの事前告知や、当日の模様を写真で伝えるなど積極的に活用。また、従来からあった公式ホームページに加え、モバイル専用のサイトを大幅にリニューアル。無料の会員登録をすることで、占いなどのオリジナルコンテンツを楽しめるようになっています。
TVアニメ「ラブライブ!」に神田明神が登場することから、2014年11月に作品とのコラボが実現。登場メンバーがデザインされた絵馬やお守りが授与されました。神田明神でしかいただけないものとあって、授与開始日には多くのアニメファンの若者が集結。準備された絵馬やお守りは、その日のうちにすべて授与されたということで、現在まで人気は衰えを知りません。
「ラブライブ!」のメンバーがデザインされた絵馬やお守りが授与されました。
2014年9月からは、オリジナルのLINEスタンプの販売をスタート。「神田明神キャラクターズ」と銘打った、ユニークなキャラクターのスタンプは大好評で、シリーズ第三弾まで発売されています。若者世代のユーザーが多いLINEでのアピール効果は抜群のようです。
2014年末には、エサカマサミさんデザインの公式マスコットキャラクター江戸っ子「みこしー」がお披露目。神社のマスコットキャラ自体が珍しいのですが、アニメ的なキュートさと、ゆるキャラ的なぬくもりがあり、今後どのように活躍するのか注目です。
2015年は神田明神にとってご遷座400年の記念すべき年。5月10日に行われた神田祭は「ご遷座400年奉祝大祭」と銘打たれ、例年以上にさまざまな試みが見られました。告知用にYouTubeチャンネルが開設されたことをはじめ、祭り当日はUstreamでライブ中継されるという力の入れよう。特設サイト上では、ラブライブ!の神田祭限定ストラップやTシャツなども販売されました。
さらに、神田祭の約一週間前に行われたプロ野球 巨人対阪神戦(5月2日:東京ドーム)は、「神田祭デー」として開催され、江戸っ子「みこしー」も登場。神田祭公式グッズが当選する抽選イベントなども行われ、大いに盛り上がりました。プロ野球とのコラボを通じ、神田祭を効果的にアピールすることに成功したのです。
まだまだ神田明神は止まりません。実は「ラブライブ!」だけにとどまらず、アニメ「えとたま」とのコラボも決定しました。えとたまの登場キャラクターが入った絵馬とお守りが2015年5月2日から授与されています。
こうして見ていくと、SNSとアニメとの相乗効果が際立っています。アニメとのコラボが話題のきっかけとなり、それがSNSを通じて爆発的に広がっていくという構図です。特に神田明神の場合は、オタクの街である秋葉原が近いということもあり、アニメの"萌え"効果がより強く発揮されたといえるでしょう。
コラボグッズも販売されました。写真は「ラブライブ!蒔絵シール にこ/凛/希」
そのほかの神社仏閣でもICTを活用して、さまざまな試みが行われています。従来の常識にとらわれないユニークな事例をご紹介します。
東京都港区にある増上寺は、徳川将軍15代のうち6人が葬られている由緒あるお寺。Facebookページでのプロモーションに加え、スマホ向けAR(拡張現実)アプリ「xAR(エックスエーアール)」を使った境内案内サービスを開始。大殿、安国殿、勢至丸像にカメラを向けると、オリジナル映像や記念写真用フレームを利用できます。
京都の清水寺に隣接する地主神社は、世界遺産に含まれる縁結びの神様。Facebook、Twitter、LINEの3大SNSを活用し、特にLINEでは友だち登録することで、正しい祈願法、地主神社の歴史、恋愛運がアップする恋占いなどを配信中。運用からわずか1年足らずで、友だち登録は4000人を超えています。さらにLINE経由では、独自の占いコンテンツを提供しているスマホサイトへの誘導にも実績を上げています。
神田明神のようなアニメを活用したプロモーションの元祖ともいえるのが、東京・八王子市にある了法寺。2009年に美少女イラストを描いた看板を設置したことが話題となり、"萌え寺"と呼ばれるように。その後、FacebookやTwitterでのプロモーション、オリジナルテーマソングの制作、YouTubeチャンネルでの番組配信、さらにスマホ用のゲームも配信するなど、活用範囲は多岐にわたります。
参拝者減少の懸念は、人口が少ない地方のほうがより切実です。都市部の成功事例が刺激となり、今後は地方の小さな神社仏閣にもICTの活用が波及するものと考えられます。
さらに、この流れは神社仏閣だけにとどまりません。近年では自治体規模でもアニメキャラクターを利用した街おこしの動きが広がっています。例えば秋田県の「JAうご(うご農業組合)」では、販売するお米のパッケージに美少女キャラを採用。ネットの口コミで話題になり、なんとわずか1ヶ月で2年分の売上を記録しました。
美少女アニメキャラを使った街おこしの手法は、"萌えおこし"と呼ばれ、今や全国的な経済効果は900億円以上と言われています。このように、ICTと萌えキャラの相乗効果は、不況にあえぐ地域を活性化させる可能性を持っているのです。
一方で、今後の課題もあります。神社仏閣や地方自治体がICTを活用する場合、外国人の利用を想定していないケースが多く見られます。外国人観光客が右肩上がりで増加する今、これを取り込まない手はありません。ホームページやSNSは複数の外国語で発信するよう期待したいところです。
観光庁では近年、「ニューツーリズム」という新しい観光旅行の概念を打ち出しています。これは、地域固有の観光資源を活用し、体験的要素を取り入れた旅行形態のことです。日本の津々浦々にある神社仏閣は、まさに地域固有の観光資源といえます。格式のある場所はもちろん、路地裏にある小さな祠(ほこら)やお地蔵さんにも、それぞれに由緒があります。その魅力を再発見し、ICTを通じて発信することが地方の活性化にもつながっていくはずです。
1972年愛知県出身。雑誌編集者を経て、2000年にフリーライターとして独立。ITの複雑な内容を、鋭い観察眼と分かりやすい切り口でフォロー。主に雑誌・書籍、Webメディアで執筆を行っている。