いま、安倍政権がIT戦略の一環として「テレワーク」を推進していることをご存じでしょうか。「テレワーク」とは「在宅勤務」のこと。なぜ、わざわざ国が音頭をとって推進しているのか? そもそも、在宅勤務のメリットとは何か? 実現に必要なITは? 在宅勤務について知っておきたいことをまとめてみました。
いまさらですが、日本の少子高齢化は待ったなしです。総務省のデータ(統計データ「1.高齢者の人口」)によると、2014年の65歳以上の高齢者は3296万人で、総人口に占める割合は約26%。ほぼ4人に1人が65歳以上です。これから、この数字はもっと大きくなっていきます。
【図1】高齢者人口および割合の推移(総務省のデータより)
そこで、いろいろな意味で負担が重くなるのが、働く現役世代。年金や健康保険などの経済的負担も大変ですが、働くことそのものが難しくなる可能性があるのです。
たとえば、共働きが当たり前になった若い夫婦。妊娠・出産で女性が会社を辞めたら、収入が減って生活が苦しくなる。だから、子供を作らない。そして、ますます少子高齢化が加速する......。あるいは、親の介護が必要になった会社員。40代、50代の働き盛りなのに、介護のために会社を辞めざるをえなくなったり、別の仕事に就かざるをえなくなったりしたら大変です。
会社だって困ります。仕事を覚えて活躍が期待された若い女性社員が妊娠・出産をきっかけに辞めてしまったり、頼りになるベテラン社員が介護のために抜けたりしたら、代わりを探すのは大変です。小さい会社なら業績にも響きます。
高齢者だって大変です。将来を考えたらとてもお金を使う気にはなれません。特に子供を思う親であればあるほど、自分たちに介護が必要になっても子供に迷惑をかけたくないと、貯金は絶対に使わないでしょう。その結果、金融資産の6割が高齢者世帯に貼り付いたまま。この膨大な金融資産を動かそうと、国が躍起になっているのは、皆さんご存じのとおりです。
現役世代、高齢者、会社、国、みんな困っているのが、いまの時代なんですね。
これはとても難しい問題です。1つの対策で解決するような問題ではありません。さまざまな対策を組み合わせた総合的な取り組みが必要だと思います。その中でも、「在宅勤務」は、とても有力な取り組みの1つです。在宅勤務は、自宅で仕事をできるようにすること。「在宅ワーク」や「テレワーク」といった言い方もあります。以下に、働く現役世代、会社、高齢者、国のメリットをまとめてみました。
女性が妊娠・出産しても、育児休暇があり、職場に復帰できる制度があれば、安心して子供を産めます。そして、週に数日でも在宅勤務ができれば、子育てはずっと楽になるでしょう。夫の会社でも在宅勤務が認められれば、夫婦で子育てを分担できます。
親の介護が必要になったベテラン社員も、在宅勤務が認められれば、会社を辞めなくてすむかもしれません。デイケアサービスを活用しながら、週に何日かは自宅で仕事ができれば、仮に収入が少し減ったとしても、精神的にはずっと楽なはずです。
若い女性や働き盛りのベテランなど、戦力ダウンを防げます。在宅勤務を積極的に取り入れて働きやすい環境を整備すれば、新しい人材を確保することにもつながります。また、在宅勤務は災害対策やBCP対策としても効果的です。もしも災害が発生しても、自宅で作業できれば業務を継続できるからです。
子供が在宅で働けるなら、安心して介護を受けることができます。気兼ねなく介護を受けられることで、金融資産を持っている高齢者が、その資産で子供をサポートすることも容易になるのではないでしょうか。
少子高齢化とともに、今後、労働人口は確実に減っていきます。高齢者や若者、女性を活用し、1人あたりの生産性を高めることは、国にとっても重要な政策課題です。現実に、安倍政権は、次のような具体的な数値を掲げて在宅勤務を推進しています。
・2020年にテレワーク導入企業を2012年度比で3倍にする(2012年度は11.5%)。
・週1日以上終日在宅で就業する雇用型在宅型テレワーカー数を全労働者数の10%以上にする(2013年度は4.5%)。
<参考資料>
PDF「世界最先端 IT 国家創造宣言」
在宅勤務の実現に欠かせないのがITです。ITは、在宅勤務を実現するための、いわば"道具"です。ここでは、どんな道具があるのかを簡単に整理しておきます。なお、在宅勤務の実現に、ここで説明する道具がすべて必要なわけではありません。業務内容や進め方、規模によって、使う道具は異なります。ただ、技術の進歩により、以前より安くていい道具が揃っていることは確かです。
在宅勤務では、インターネットを使って会社のシステムにアクセスするため、途中で第三者に通信内容を盗聴されるリスクがあります。そこで、会社のシステムと自宅コンピュータの通信を暗号化し、盗聴されても情報が漏洩されないようにする仕組みが必要になります。あたかも、専用回線でつないでいるように見えることから、この仕組みを「VPN(Virtual Private Network)と呼びます。最近は、クラウドで手軽にVPNを実現するサービスも登場しています。
企業の業務では、内線電話は社員間のやりとりに欠かせません。在宅勤務でも、社内と同じように内線電話を活用できるサービスがあります。この場合、自宅の電話や携帯電話を、内線電話として活用できます。あるいは、Skypeのような「インスタントメッセージングツール」を使って会話することもできます。こうしたツールを使うと、相手の在席状況を確認したり、「チャット機能」で文字によるコミュニケーションをとったりすることも可能です。
相手の顔を見ながらリアルタイムで会話したり、複数人で打ち合わせしたりするシステムです。以前は、高価な専用機器が必要でしたが、現在は、クラウドを使うことで手軽に実現可能です。
情報共有のツールです。社内の連絡事項を確認したり、資料を閲覧したりするのに使います。会議室の予約や備品の貸し出し申請ができるものもあります。多くのグループウェアはWebで利用できるので、在宅でも社内と同じように活用できます。
パソコンにWindowsの画面だけを表示して、データをローカルに保存しない仕組みです。通常のWindowsパソコンと同様に操作できますが、データはすべてサーバ側に保存されるので、安全性が高いという特徴があります。「仮想デスクトップ」と呼ばれることもあります。なお、シンクライアントや仮想デスクトップを大規模に展開する仕組みのことを「VDI(Virtual Desktop Infrastructure)」といいます。
これ以外にも、セキュリティを高める仕組みとして、セキュリティ対策ソフトやハードディスクの暗号化ツールなども必要です。また、タブレットやスマートフォンを活用するなら、MDM(Mobile Device Management)ツールも必要になります。MDMツールを使うと、たとえば端末を紛失したとき、遠隔からデータを消去するなどの対応ができます。
みんなの困りごとが解決できて、国も推進しているのだから、在宅勤務はさぞかし普及が進んでいるだろう、と思いがちですが、現実はそうでもありません。私は、在宅勤務の普及には、次の4つの要素が必要だと思います。
・経営者の意識
・実現する道具(IT)
・社内制度
・社員の意識
まず、経営者がやろうと思わなければ、絶対に実現しません。次にITです。先に説明したように、いまは安くていい道具がたくさん揃っています。IT担当者ががんばれば、あるいはIT企業に相談すれば道具は揃います。ただし、ITだけでは不十分です。それを運用する制度が必要です。どんな業務で在宅勤務を許可するのか。作業の進捗や勤務時間をどう管理するのか......等々を決める必要があります。ここは、関係部署が話し合って、制度を考えなければなりません。
最後は社員の意識です。経営者がやる気満々で、ITも制度も揃っているのに、社員がまったく活用しない。「仕事と私生活が区別できなさそう」「いままでのやり方を変えたくない」「正しく評価されるのか不安」......等々の意見が出るのは、十分予想できます。
こう考えると、乗り越えるハードルは、けっして低くないことがわかります。しかし、それでも、在宅勤務はチャレンジするに値する取り組みだと思います。「まわりの企業はまだだから」ではなく「まわりの企業がまだだからこそ」取り組む価値があると思いませんか。
1964年愛媛県生まれ。1993年に独立後、フリーランスのテクニカルライターとして、Webや雑誌のIT系記事、書籍執筆、企業取材、広告記事など、ITに関連した"書く仕事"を続けている。
「Word」分野のMicrosoft MVPで、オールアバウトの「Wordの使い方」「パソコンソフト」のガイドも担当。