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メイカームーブメントの潮流がものづくりを変える!?

設計/製造/生産

インターネットにつながるデジタル工作機械を使って新たな産業革命を起こそうという潮流「メイカームーブメント」が、世界を席巻しています。この運動は特に海外のファブレスメーカーおよび一部の富裕なユーザ層において活発であり、主に量産パーツやモジュールの製造に携わる日本の中堅・中小製造事業者には無縁のようにも思われます。しかし、メイカームーブメントの潮流が示すところを正確に読み解くことができれば、根本から変わろうとしているものづくりのあり方を先取りしていくことができます。

ここでは、「メイカームーブメント」が成立した背景と現在のトレンドを分析することを通じて、製造業にどのようなイノベーションをもたらしていくのかを推察していきます。

1.世界の製造業を席巻するメイカームーブメントとは?

「メイカームーブメント」は、『WIRED』誌・元編集長のクリス・アンダーソン氏が著書『MAIKERS -21世紀の産業革命が始まる』の中で提唱した「Webやインターネットの技術をものづくりに活かして、製造業をイノベーションする」試みです。

そもそも「産業革命」とは18世紀後半にイギリスで興った家内制手工業から工場制機械工業への転換のことですが、その後も人類は新たに発見されたテクノロジーをコアに生産現場のイノベーションを実現してきました。19世紀には電力を活用して大量生産体制を構築し、20世紀後半には大型コンピュータにより生産を自動化するFA(ファクトリーオートメーション)を推進しています。

FAから派生したCAD(Computer Aided Design/コンピュータ支援設計)、CAM(Computer Aided Manufacturing/コンピュータ支援製造) 、CAE(Computer Aided Engineering/コンピュータ支援工学)は開発現場と生産現場で必要なデジタルデータを共有し、リードタイムの短縮や生産プロセスの効率化を導くものです。そのアーキテクチャも2Dから3Dへと進化していく中で、生産現場はより高精度な量産品を迅速に生産する体制を実現していきます。しかし、これらのデータは工場内で共有されるに留まり、メーカーの視点・発想・論理からものづくりが行われる仕組みに大きな変化が生じることはありませんでした。

その一方で工場の外側では、ものづくりのあり方を大きく変えるコア技術が進化を続けていました。21世紀の幕開けから急速に普及したインターネットは、メールのやり取りからWeb上でのメッセージ交換、つまり、テキスト(文字)データの処理から始まり、やがてはユーザの行動履歴やアクセスログなどの大量の非構造化データを取得・解析できるレベルにまで到達します。いわゆるビッグデータ時代の到来です。

ここから製品や生産機器をインターネットのようにつなげるIoT(Internet of Things)の発想が生まれ、遠隔からデータを収集もしくは外部と共有することによりビジネスの生産性を高める取り組みが加速します。航空機に搭載した高性能センサから得られるエンジン稼働状況や燃料消費量などの多様なビッグデータを解析して、効率的な保守・運用や製品改良へと役立てるゼネラル・エレクトリック(GE)社の「インダストリアル・インターネット」が顕著な事例となります。

インターネットによるデータの共有は、製造業にも創出価値の拡大をもたらしました。GEと同様に、各メーカーでも自社工場や協働するパートナー企業と3Dデータを共有し、高精度な業務用3Dプリンタで生産性を高める取り組みを進めていましたが、ここに全く予期しなかったパートナーとデータを共有する機会が生まれてきます。

業務用3Dプリンタは非常に高価なものでしたが、2010年頃から個人が購入可能な価格帯の3Dプリンタが販売され、急速に市場に普及していきました。これは、メーカーの配信するWebやSNSなどの交流サイトを通じて製品の情報や価値を共有するユーザが、自らものづくりに参加するためのデバイス(機器、装置、道具)を手に入れたことを意味します。

スティーブ・ジョブスが自宅のガレージでMacコンピュータを組み上げていったように、今や米国では多くの若者がインターネットからAutoCADなどの3Dアプリケーションや公開された設計データをダウンロードし、デスクトップに置かれた3Dプリンタやレーザーカッターを使って、大量生産モデルとは違うデザインの製品づくりを進めています。

こうして世界中の"個性あるメイカー(以下、メイカームーブメントの参加者を既存のメーカーと区別して、メイカーと表記します)"たちが始めた「Webやインターネットの技術をものづくりに活かして、製造業をイノベーションする」試みは、ものづくりのあり方が明確に変わっていくことを予感させる3つのトレンドを示しています。

2.トレンド①ものづくりのパーソナライズ化

これまで設備投資やリソース確保の問題から個人での製造業の起業は困難なものとされていましたが、インターネットというプラットフォームから3Dソフトウェアと3Dデータを得て、デバイスとしての3Dプリンタを活用すれば、誰でも"個性あるメイカー"として活動することが可能になります。実際、世界ではSNSやコミュニティサイトを通じて個人や小規模チームで製品開発を行うパーソナルファブリケーション(個人製造)が活発化しています。

これは、3Dデータを公開するメーカー側にとっても、量産モデルとは異なるカスタムモデルを委託生産可能なファウンドリメーカーを多数確保することにつながります。このトレンドは、ものづくりの基本となるパラダイムが、マスプロダクション(大量生産)からマスカスタマイゼーション(パーソナライズされた生産体制を分散させるものづくり)へとシフトしていくことを意味します。

実際、国内製造業の競争力強化のためにドイツが推進する「インダストリー4.0」では、国内の主要生産施設と個人経営のスモールファクトリーをネットワークで結び、カスタマーニーズを主要ラインに反映させるとともに完全にカスタムメイドされた製品を提供する国家規模での生産体制再構築を進めています。

ドイツほどの規模にはおよばないものの"個性あるメイカー"を育てるために、各既存メーカーも情報共有の機会と場の提供を加速し、ものづくりスペースの設置やDIYイベントの開催が世界各地で活発化しています。

富士通が全面支援するオープンアクセス型DIY 工房「TechShop Tokyo」は、港区アーク森ビル内にオープンした会員制のものづくりスペースです。大規模スペースに金属・溶接・木工・電気・樹脂関連の本格的な工作機器と専門知識を持ったトレーナーを配置し、どんなアイデアでも簡単にプロトタイプできる環境を整えています。セミナールームやコミュニティスペースも充実し、ものづくりとオープンに親しめる場として国内"メイカー"からの注目を集めています。

3.トレンド②ものづくりのネットワーク化

インターネットの普及とデジタル技術の進化は、自社で生産設備を所有せずに製造業としての活動を行うファブレスメーカーと、高品位な技術に特化して受託生産を行うファウンドリメーカーとで構成されるグローバルな分業体制を成立させるに至りました。その最も代表的なグローバル製品が、「iPhone」です。Appleは製品のデザインや企画開発に集中し、シャープの液晶画面やSONYのCMOS(高画質画像処理)センサなどの世界トップクラスの高品質モジュールとアプリケーションを組み合わせることにより、世界のスマートフォン市場を完全に陵駕しています。

グローバルな分業体制はインターネットで連絡していますから、デザイン力に優れた"メイカー"は、自らカスタマイズに特化したファウンドリメーカーとなることも、逆にファウンドリメーカーに依頼して競争力を持った製品を開発するファブレスメーカーとして機能していくことも可能な環境にあることになります。

ユーザの視点・発想・論理からものづくりのネットワーク化を推進することにより、メーカーの視点・発想・論理から進められていた垂直統合型の製造モデルに転換を迫るメイカームーブメントは、まさに「21世紀の産業革命」と呼ぶに相応しいものと言えます。

4.トレンド③ものづくりのオープンイノベーション化

"メイカー"同士がアイデアやデザインをコミュニティサイトで共有できるメイカームーブメントは、オープンイノベーションによって世界中の仲間と共創できる環境を構築します。

組織に囚われずに幅広い感性と知見を結集させるオープンイノベーションは、未来においてキーとなるテクノロジーの実用化を早め、これまでにない斬新な発想からのブレイクスルーを促します。ある世界的消費財メーカーでは商品開発に異業種の技術者を関与させて、自社内で確立した技術を再活性化して画期的な新製品を発表し、自動車業界でもカーデザイナーに限らず多くのユーザが参加して自由なデザインを追求する「オープン・カーデザイン・イニシアチブ」の取り組みが進んでいます。

アイデアのオープンリソース化は、それに共感するパートナーから技術面のサポートが得られるだけでなく、必要な資金の支援をも獲得できます。クラウドファンディングやFintechなどの仕組はこれに連動するものであり、利用者の負担が少ない電動車いすをつくることを目指すある車椅子メーカーでは、クラウドファンディングサービス「キャンプファイヤ」からの資金調達を受けて、開発中のコンセプトモデルの量産化を実現しています。

価値を共有する者たちがインターネットを通して「技術」「感性」「人材」「資金」のリソースをシェアしていくメイカームーブメントは、ものづくりの場を「競争」のためのステージから「共創」のためのプラットフォームへと変えて、持続可能な社会の実現に向けて力強く働きかけていくことが期待されています。

注:本文中の商品名は、各社の商標または登録商標です。

この記事のライター
佐賀井 大樹(さがい だいき)

株式会社ジャストクリエイティブ代表取締役。
BtoBデジタルマーケティング領域を中心にコンテンツ企画・制作を手がけるコピーライター、コンテンツディレクター。IT分野の実績多数。

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